運営者の転職履歴

      2016/04/22

私自身、看護師としての転職履歴があります。
参考までにまとめておきますね。


【管理人の履歴書】

就職回数 就職場所 年齢 紹介場所 勤続年数
初回 N市赤十字病院 20歳 看護学校の資料 1年間
2回目 整形外科クリニック 21歳 ハローワーク 4年間
3回目 がんの先進医療(クリニック) 25歳 ハローワーク 4年間
4回目 有料老人ホーム 29歳 ナースではたらこ(派遣会社) 3ヶ月
5回目 単発でバイト色々 29歳 ナースパワー(派遣会社) 2ヶ月
6回目 訪問看護 30歳 ナースコンシェルジュ(派遣会社) 2年半

初めての就職:N市赤十字病院

日赤病院
新卒で就職したのが日赤でした。

選んだ理由は「とにかく大きい病院を選ぶように」という先生の言葉を鵜呑みにした結果です。
新卒は大きな病院で経験を積むのが当然と考えていました。

都内も含め4つの総合病院~大学病院を受けて全て合格しましたが、「なんとなく」でこの日赤に決めました。
(確か・・・卒業で離れ離れになる親友の住まいから近い・・・とかそんな理由だったと思います。どうしようもないですが、そんなもんです。)

就職2ヶ月ですでに辞めたくなる

退職を考える
就職して2ヶ月目
すでに「辞めたい」という気持ちが芽生えてきました。
これには明確な理由があります。

整形外科だったのが、4月に整形外科に就職し、5月には病院が新設オープンし、いきなり「感染病棟」と整形外科の掛け持ち勤務に変わったことがきっかけでした。

希望だった整形外科にはたったの1ヶ月しかいられず、感染病棟なる未知の場所にぴょーんと飛ばされ、整形外科が忙しい時だけ呼ばれるというよく分からない勤務状態でした。

まだ仕事も覚え始めたばかり。
決して要領のいいとは言えない私にとって、2つの病棟の掛け持ちというにはあまりに重荷でした。

分刻みの仕事を覚えられず、手の平メモが手首まで伸び・・・師長さんに「汚い!」とめっちゃ怒られました。


体重が半年で7Kg増

ストレス太り
この頃、自分でもよく食べるなぁと思っていましたが、本当によく食べていました。
3交代で夜勤もあり、夜中も食べます。
昼食には自分のご飯プラス、外出した患者さんの(食止め忘れ)食事も食べちゃっていました。
きざみ食でもとろみ食でもなんでも食べてました。

今思うとストレス太りですね。

夜勤の精神的苦痛がハンパなくなる

夜勤がストレス
日勤帯が終了し、記録を書いてアパートに辿りつくのが大体19時前後。
そこから仮眠をとって深夜勤に行くのが23時前後。
全く休んだ気がしません。

「日勤→深夜」の深夜勤が一番苦痛でした。
眠いとかそういうことではなくて、さっきまで働いていた病院にまた夜中に行かなくてはいけないというのが精神的にすごく辛かったんです。

まさに「身を削ってる」という感じでした。

深夜勤に出かける時は、毎回「永遠の旅立ち」くらいの覚悟が必要でした。


1月1日、退職を決意

退職を決意
3交代なので、クリスマスだろうが大晦日だろうがお正月だろうが病院には誰かがいなくてはいけません。
12月31日~1月1日にかけての深夜勤は一番人気がないわけで、そういうシフトに新人が入れられます。

病院で「行く年来る年」を眺め、年が明けて「あけましておめでとうございます・・・」と同じシフトで入っていたおばちゃん看護師さんと挨拶を交わした時、「うん、もう辞めよう」と決意しました。

夜は寝たい
元旦は家族で迎えたい

そんな気持ちでいっぱいになっちゃったんですね。

退職の申し出を拒否られる

退職願いを拒否される
正月明け、看護師長さんに早速退職を申し出ました。
もちろん、反対されましたよ。

たった1年の勤務実績じゃどこも雇ってはくれない」の繰り返し。
さらに甘えてる、根性がない、育ててくれた先輩に申し訳ないと思わないのか―。

散々言われました。

自分は甘いんだ、弱い人間なんだとこの頃はとことん落ち込みました。
それでも退職するという気持ちは揺るがなかったですね。
というか、もう「無理」だったんです。

こうして、散々言われつつも3月いっぱいで退職
丸1年しか日赤には勤めなかった結果になります。

退職から3ヵ月後、クリニックに勤める

クリニックに勤める
退職から3ヶ月は欲望のままに過ごしました。
とにかく夜眠れることが幸せでした。

この間に車の免許も取得しました。
看護師とは何の関係のない事をやりたいと思って必死になっていた気がします。

でも、まぁ・・・働かなくてはお金がなくなるわけです。
実家に頼る気はさらさらなかったので、(1人暮らしだったし、上京しちゃってるし)また働くことに。
看護師以外の仕事も探しましたが・・・なにせ給料が安い。

というわけでハローワークで整形外科のクリニックを探し当て、面接に行きました。
朝8:30~13:00と15:00~19:00までの勤務。
シエスタがついてるようなものです。

で、土曜日は午前中だけ。
日曜日は完全にお休み。

給料は手取りで25万円前後。
面接では1年で総合病院を辞めた理由を聞かれたので、「クリニック勤務が希望だったから」と答えた記憶があります。
クリニック勤務希望の理由は夜勤がないからですが。

新卒採用の時の試験とは打って変わり、まるでバイト採用のようなスピーディーさで決定。
「来週からお願いします」と言われ、面接の後に白衣のサイズを測って帰ってきました。

ここのクリニックには4年間勤めました。
悪くなかったのですが・・・引越しが決まったんです。

今の夫と恋愛中でして( *´艸`)、彼の就職先が遠方だったので、着いていくことに決めたのが理由です。

ちょっと変わったクリニックへの就職が決定

整形外科クリニック退職から2ヶ月で次の職場が決定しました。
これもハローワークで見つけた仕事です。

ちょっと変わったクリニックで、ベンチャー企業と連携してがんの先進医療を提供しているクリニックでした。

面接では「地域医療に興味があり・・・」と正直このクリニックには全く関係のないような発言だったと今なら思うのですが、それでも人手不足もあり、「じゃあ、来週から」と即決

勤務は8:30~18:30まで。
週休2日制。

給料は完全能力主義らしく、仕事ができる人が年数に関わらず、アップしていくという方式でした。
仕事ではここで行っている治療内容、方法などを全国各地の病院にプレゼンするというのがあり、看護師なのに出張も週1回くらいやってました。

北は北海道から南は福岡まで。
大変ではあったけど、今まで経験した仕事の中では一番面白かった仕事です。

ここも4年勤めて寿退社。
引越しが理由でした。

出張先ではおいしいものをたらふく食べ、色んな方との出会いがありました?


3度目の転職からは派遣ナースになりました

派遣ナース
今までの転職は全てハローワークでしたが、ここから先は全て派遣会社や転職サービスを利用しました。
なぜか。
ハローワークで探すよりもずっと待遇のいい案件が多かったんです。

それから、専任の担当者が見学から面接までずっとサポートしてくれるというのも魅力でした。
働き方も担当者さんに言えば、病院側と交渉してくれちゃいます。

いわば、わずらわしい部分や気兼ねしてしまうお給料の相談が、自分ではなく他の人が請け負ってくれるという感じです。
転職がぐっと「」になりました。

転職サービス会社はその会社毎に様々な特徴があります。
短期や単発が得意なのは「ナースパワー」ですし、その地域に根ざした案件なら「メディカルプラネット」。
希望通りの案件や、高額案件の交渉が得意な「ナースコンシェルジュ」などなど。

色んな案件を知りたくて、派遣会社、転職会社には複数登録したのもこの時期です。

派遣ナース1発目は「老人ホーム」

有料老人ホームで働く看護師
3ヶ月の契約で始めたのが老人ホームでした。
派遣会社さんが希望通りの案件を探してきてくれて、時給交渉なども行ってくれました。
自宅から自転車で10分。
完全週休2日制。
時給は2,000円。

仕事の内容は、週2回の回診介助の他、服薬管理、衛生ケア、日々の体調管理といった部分がメイン。
急性期はなく、介護に近い内容だったと思います。

老人ホームという場所柄、死後の処置は数件、ありました。

ここは3ヶ月で契約を更新せず。
ホーム長にかなり引き止められましたが、先にいたパートの看護師さんが幅を利かせていてちょっと窮屈だったんです。
派遣だと3ヶ月~と短いスパンでお試し感覚で働けるのも魅力でした。

派遣ナース第2弾は単発!入浴サービス&オートレース場での血圧測定!

オートレース場で血圧測定
老人ホームの後は単発の仕事も経験しました。
単発は先ほども書きましたが「ナースパワー」さんが得意です。

入浴サービスの単発は、空いてる日を数日前にナースパワーさんに連絡。
「ここで仕事がありますよ」という連絡が来るので、行ける場所、気に入った仕事があったら受けるという感じ。
看護師版の「ザ・日雇い」という雰囲気ですね。

1日限りなので、高時給!という案件も多くあります。
オートレース場で「血圧測定をする」という仕事を受けたこともあるのですが、こちらは時給3,000円。
1日限りの単発というお約束でした。

他には赤坂見附にある高級ホテルを住まいにしている超お金持ちお婆さんの身の回りのお世話とか。
スイートルームで暮らしてらっしゃるこのお婆さんの話を聞くのがメインの仕事でした。
これで、時給2,500円とかね。

修学旅行の添乗ナースという仕事もかなりの高時給でした。
しかも旅費はタダ

海外コースもありますが、私は経験ありません。

最後の転職は「訪問看護」でした

訪問看護ステーションへの転職も最初は派遣として始めました。
自宅から車で3分。
夜勤もなし、土日は休み。
時給は2,000円

主に高齢者の方のお世話として訪問をします。
1日4件~5件ほど。
基本的には電話を持って、1人で行動をします。
同僚や先輩、上司といった存在はなく、気兼ねがありません。
強いていえば、患者さんや家族には気を使いますが、慣れてくればまるで家族のような存在になることもありました。

この仕事をして3ヶ月が経過した時、正社員になってくれないかとお声がかかり、派遣から社員へと切り替わりました。

その分、患者さんが亡くなった時に感じた喪失感は、他のどの仕事よりも大きかった気がします。
結局、この仕事もこの喪失感に耐え切れず2年半で辞めてしまいましたが、今でも心の中に強い印象を残してくれた方がたくさんいます。
素晴らしい出会いでした。

今どうしているかというと

今現在のこと
結婚後、しばらく子宝に恵まれずに過ごしましたが、結婚から5年後、ようやく待望の子供を授かりました。
今は育児に専念しています。
子供がもう少し大きくなれば家計を助けるためきっとまた看護師として働くことになると思います。

ブランクは怖くありません。

たくさんの仕事を経験し、どんな仕事が得意で、どんな仕事が自分に向いているかは分かっているつもりです。
今でも年に数回、登録した派遣会社から近況を教えてください、と連絡があります。
仕事を再開するのであればいつでもご協力します、と多くの派遣会社・転職会社が言ってくれます。

看護師は食いっぱぐれがない」とはよく言ったものです。

看護師の資格を取得したのであれば、仕事に困ることはありません。
よほど僻地に行かない限り、需要が途絶えることはありません。

後は、自分がどんな仕事を経験してみたいのか、お給料はいくらがいいのかなど、希望を明確化してきちんと伝えることだけに専念すればOKです。

私が出会った看護師さんの中には「ブランク年数30年」という方もいました。
資格だけ取ってすぐに結婚され、一度も働いた経験がない、というツワモノです。
この方も、訪問看護ステーションに派遣されてきました。

本人の希望により1ヶ月も持たずに辞めてしまいましたが。
何が言いたいかというと、「どんな状況の場合にも看護師という資格がある限り、仕事はある」ということ。
この強みを生かすのが看護師転職の醍醐味だと思っています。

看護師さんは仕事への志が高い人が多いです。
だけど自分を高めようとするエネルギーはちゃんとお休みも取らないといつか枯渇するって思いますよ。


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